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ハート
コンビニからの帰り道、落ちていたハートを見つけた。
そのまま通り過ぎようとして、一、二歩進んでから、僕は元の場所に戻り、そのハートを拾い上げた。
外灯に照らし、じっくりと眺めてみる。
何となく薄汚れて、しかも、ところどころささくれだっているハートだった。
誰かに踏まれたのか、靴跡までついていた。
大きさからすると、これは子供か女性のハートに違いない。
それにしては、ずいぶんくたびれているけれど。


見れば見るほど、このハートは傷だらけだった。
まっぷたつに割れてしまったことがあるのだろうか。むりやりつなぎ合わせてギザギザに縫ったようなその古い傷は、何だかとても痛々しい跡を残している。
今頃、このハートの落とし主は、どうしているんだろう。
警察に落とし物として届けることも考えたけれど、デリケートなものだけに、何となくそれも気が引ける。
ちょっと面倒なことになっちゃったかな。
そう思いつつ、僕は、このハートをサンドイッチやカップ麺なんかが入っているコンビニのビニール袋に放り込んで、いったん持ち帰ることに決めた。


「ハート預かっています」
目立つよう、極太の黒いサインペンで大きく文字を書いた。その文字の周囲を、今度は赤いサインペンでハート形に囲ってみる。
そうだ、特徴もきちんと書かなくちゃ。
しばらく考えて、
「やや小さめ。3年ほど前に大けがをしたと思われる。ギザギザの縫い目」
と書き、その下に僕の名前と、携帯電話の番号を加えた。
この張り紙を、ハートが落ちていたコンビニの近くの電柱に貼り付けておいた。
もし落とし主がこの張り紙を見かけたら、きっと電話をかけてくるだろう。
好奇心半分、面倒な気持ち半分。そんな気持ちだった。


落とし主からの電話は、全くかかってこなかった。
張り紙をした当日はイタズラ電話が多くてうんざりしたけれど、翌日は半分に、その翌日はさらに半分に、そして4日目の昨日は、一件のイタズラもなかった。
もうあの張り紙を見る人は、一人もいなくなってしまったのかもしれない。
人の関心なんて、本当にあっという間なのだ。


もし、今日も電話がなかったら。
あの張り紙を剥がそうと、僕は決めた。


万が一、落とし主が現れた時のために、僕は汚れていたハートを洗っておくことにした。
暖かいお湯に洗剤を溶かし、そこに夕べからひと晩漬けておいただけで、ハートはずいぶんときれいになった。
柔軟剤も使わないのに、乾かすとふんわりと柔らかくなった。
それから。
不思議なことに、あんなに深かった傷跡も、すっかり目立たなくなっていたのだ。
これには本当に驚いた。
このハートの持ち主に、僕は何となく、会ってみたいと思った。


夜中、まもなく12時になろうとする頃。
僕の携帯電話がチャラチャラと鳴った。
「・・・私のハートを、預かってくれている方ですか?」
受話器の向こうから聞こえてきたその声は、決してイタズラなんかではなかった。
証拠なんてなくても、すぐに本当の落とし主だと分かった。
なぜだろう?
とにかく、ピンときたんだ。
僕が心に思い描いていた声のイメージと、あまりにも重なっていたからかも知れない。
明日の夜、ハートを拾ったコンビニの前で待ち合わせる約束をして、時間を決めた後、電話を切った。


次の日。
待ち合わせの時間よりもずいぶん早くに着いてしまった僕は、コンビニを出たり入ったり、落ち着かない。
いったいどんな人が来るのだろう。
どきどきしている。
そんな自分がおかしくて、僕は一人でつい笑いそうになり、慌てて顔を引き締める。


「あの」
突然背後から声をかけられて、僕は中途半端な顔のまま、慌てて振り返った。
立っていたのは、僕と同い年くらいの女の子。
このハートの持ち主だと、すぐに分かった。
彼女と目が合った瞬間に、ジーンズのポケットにいれていたハートがぴくんと反応した。


そして。
僕のハートも。





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あはは。書いていて焼き鳥が食べたくなりました。
by sivaxxxx | 2004-11-05 22:59 | かく


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