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SPIRIT OF LOVE
一晩考え抜いて、それでも結論は出なかった。
迷ったときはGO、というのが、僕の持論だ。
スーツケースを引きずる旅行者や、見送りや出迎えで混みあう空港のコンコースに僕は立ち、たった一人の姿を探していた。


やがて、思ったとおり一人でやってきた彼女は、僕の姿を見かけて小さく口を開けた。
「どうして?」


・・・留学することにしたの。
先月、いつものように会って、いつものように僕の家で抱き合った後、彼女は突然切り出した。

誰が?
・・・私。

お互いが学生の頃から付き合ってきた。
今年の春、二人揃って社会人になった。
仕事に慣れないうちは、なかなか会う余裕もなくてぎくしゃくはしたけれど、それも最近は落ち着いてきていた。
僕の中では、仕事に慣れて、もう少し先、環境が整えば、などと考え始めていた矢先の出来事だった。


なんで。
僕は言った。


彼女は俯いたまま、長い沈黙の後に、
夢だったの。
と小さな声で言った。


まもなく会社を辞めること、それから一ヶ月後には出発すること。
僕に何も言わなかったのは、隠していたわけではなく、言えなかったのだということ。


彼女の言葉は途切れ途切れで、僕は半分も理解できなかった。
理解する気にも、なれなかった。


僕はその日、彼女を車で送らなかった。
多分、彼女は駅まで一人で歩き、そこから電車に乗るか、タクシーに乗るかして、帰ったのだと思う。


それから、彼女には電話していない。
彼女の方からは、何度かメールが入っていたけれど、一度も返信しなかった。
見送りにも行かないつもりだった。
でも、彼女の出発の前日に、ぼくの中で迷いが生じた。
そして今、僕はここにいて、彼女と向かい合っている。


彼女の荷物は、驚くほど小さな鞄一つだった。
「たいていのものは、向こうで揃うもの」
だから、と彼女は小さな鞄のファスナーを開け、あるものを取り出す。
「向こうにないものだけ、持っていくの」
彼女が取り出したのは、小さなアルバムだった。僕の目の前で、順番にめくっていく。
「あなたがくれた、色んなもののを写真に撮ったの。マグカップも、ぬいぐるみも、本も、CDも、みんな」


「じゃあ、あと一つだけ」
僕は彼女の左手をつかみ、ポケットから取り出した指輪を、薬指にぐいと押し込んだ。
「待ってるとか、そういう意味じゃないから」


「ありがとう」
しばらく指輪を見つめた後、彼女は言った。
それから、顔を上げて、フライトスケジュールが表示されている電光掲示板を見上げた。
少し上を向いた彼女の横顔を、その時僕は、とてもきれいだと思った。
今まで僕は、彼女のことをかわいいとは思っていたけれど、きれいだと感じたのは、初めてだった。


「そろそろ、行くね」
彼女はきっぱりとした声で言った。
僕は彼女の左手を一瞬強く握り、それから離した。
「がんばれよ」
「もちろん」
「途中で泣いて帰ってくるなよ」
「泣かないよ」


彼女は背筋をぴんと伸ばし、出国ゲートに向かって歩きだした。
ゆっくりとした足取りで、でも、立ち止まるそぶりも見せずに。
僕もゆっくりと彼女に背を向ける。
振り返るな。振り返るな。
自分に何度も言い聞かせる。


僕らは歩いていく。
別々の方向へ。


それでも、僕達の道は、どこかでまたつながる。
何の根拠もないのに、そう確信しながら。


---コメント---

「SPIRIT OF LOVE」、
SING LIKE TALKINGの中では、いちばん有名な曲かな。
もともと武豊さんの結婚式披露宴の中継用に作られたというこの曲ですが、
あえてお別れのシーンをイメージしてみました。
でも、前向きなさよなら。歌詞の中に出てくる象徴的な言葉達の中には、
そういうニュアンスも汲み取れるような気がします・・

SPIRIT OF LOVE (SING LIKE TALKING)
CHIAKI FUJITA,CAT GRAY/CHIKUZEN SATOH
SINGLE--1995/11/25
ALBUM--
WELCOME TO THE ANOTHER WORLD(1997/05/28)
SECOND REUNION(1998/09/30)
ROUND ABOUT(2001/06/06)
by sivaxxxx | 2004-02-29 04:17 | かく


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