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12/1 

平日だというのに、駅前という立地条件のせいか、この店のテーブルは八割方埋まっている。
客のほとんどはスーツ姿のサラリーマン。新聞を読んだりタバコをくゆらせたり、メモを取りながら電話で話している人もいる。出張中なのか、関西弁のイントネーションが面白くて、つい耳を傾けてしまう。
テーブル席でゆったりするのは諦めることにする。大通りを見通せる細長いカウンターにようやく空席を見つけ、私はホットコーヒーを乗せたトレイを置く。
こんなスタイルのカフェは味気ないけれど、一人で考え事をしたいときにはちょうどいい。
プラスチックのふたを取ると、マシン独特の粉っぽい香りが湯気とともに漂う。口をつけてみるけれど、熱くて飲めずにまたカップを置く。何度か同じことを繰り返しながら、ガラス越しに通りを行く人たちを眺める。
みんな少し早足で、どこかそわそわしているように見えるのは、やっぱり12月の空気のせいだろうか。


頬杖をつきながら、ずる休みしてしまった会社のことを考える。
頭が痛かったのは本当だけれど、測ってみても熱はなかった。36.4度、いつもとほぼ同じ。
ぐずぐずとベッドの中で丸まって8時半になるのを待ち、寝転んだまま携帯電話から会社に連絡した。
いつも一番に出勤してくる営業の男の人が、はきはきした声で電話に出る。精一杯の鼻声で休むことを告げた私に、その人は「お大事に」と言ってくれた。少しだけ罪悪感、胸が一瞬痛む。
いつも途中で家を出るせいで、最後まで見たことのなかった朝の情報番組を見る。星占いのコーナーでは、私の星座が「今日のラッキーさん」に選ばれていた。
今日だけ。会社のみんなには迷惑をかけるけれど、今日だけはのんびりしよう。
そう思った瞬間、頭痛が消えていることに気がついた。


こんなはずじゃなかった。
社会人になってからたった8ヶ月で、何度同じことを思っただろう。
「人とは違う仕事がしたいの」
そんなことを平然と口にしていた、自信過剰だったあの頃の私はもういない。毎日自分を否定して、否定されて、その繰り返し。
ひっきりなしになる電話、ひとつの案件を片付けようとする先から次の書類がまわってきて、そのどれもに「至急」のスタンプが押してあるものだから、いったいどれが本当に至急なのか分からなくなる。ミスを注意されるたびに、胃が痛くなる。頑張っても頑張っても終わらない仕事にため息をつき、時々人目もはばからず泣きたくなる。


・・・
・・・


約束だから」
去年のクリスマス。
隠すところが思いつかなかったからと苦笑しながら、が冷蔵庫から出してきたブルーの紙袋。
見た瞬間に中身が何か分かったけれど、私はわざとそのことに気づかないふりをして、大げさに驚いた顔をしてみせて。
「そんなに高いものじゃないからね。期待しないでね」
何度も念を押す彼に笑いかけながら、包みをゆっくりと解いてゆく私。
出てきたのは、想像していた通りのシンプルな指輪だった。ただ想像と違っていたのは、シルバーではなくて、プラチナだったこと。
「はめてみてもいい?」
そう尋ねた私に、彼は目だけで頷いた。
ひんやりした指輪を、そっと薬指に通してみる。蛍光灯のあかりにかざしてみる。
「・・・しない?」
一瞬言葉が聞き取れなくて、私は彼を振り返る。
「今なんて言ったの?」
「だから。・・・結婚しない?って」
口調は冗談ぽく、でも彼の表情は真剣だった。まっすぐ私を見ていた。
小さな指輪が、急に重く感じた。


・・・
・・・


・・・こんなはずじゃなかった。
あの時、彼の言葉に素直に頷いていれば、もしかしたら私の人生は、大きく変わっていたのだろうか。
考えても仕方ないことを考えてしまう。
そんな自分を冴えないと思う。


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登場人物紹介
☆片倉 麻里(かたくら まり)  会社員/23歳(5月16日生)
☆橘 征人(たちばな ゆきひと) 大学生/22歳(12月23日生)
by sivaxxxx | 2005-12-02 00:43 | かく


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