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キミガイタナツ。(3)

キミガイタナツ。(1)
キミガイタナツ。(2)

お盆近くになると、夏は少しずつ僕らによそよそしくなる。
夕方に僕の頬をなでる風も、わずかに秋の香りを漂わせ始める。
僕はためこんだ宿題に早々に見切りをつけ、残りわずかな夏休みを満喫することに決めた。
アカリ?彼女はハナから宿題なんて持ってきていなかった。ツワモノだ。


「夏祭りに行くかい?」
ある朝、畑でとれたきゅうりとなすの浅漬けをかじりながら祖母が言った。
「夏祭り?」
即座に目を輝かせたのはもちろんアカリだ。
「都会に比べちゃあ規模もうんと小さいけえど、打ち上げ花火もあるらしいで」
「行く行く!リュウキも行くでしょ?」
僕ももちろん頷いた。楽しそうなことに首を突っ込むのは、子供の特権だ。


「そうだ。アカリ、ちょっとこっちにおいで」
祖母がそう言って、アカリを連れて奥の部屋へ入っていってしまってから、もう一時間。
置き去りにされた僕は、退屈しのぎにノイズだらけのテレビをぼんやりと見て待っていた。
これから行く夏祭りのことをあれこれ想像してみる。
毎年この時期に、帰省客を迎える意味も込めて、中学校のグランドを借りて行われる、
小さな小さな夏祭り。
金魚すくいはあるのかな。りんごあめもあるかな。
焼きとうもろこしは・・・・もう十分食べたから、別にいいや。
あれこれと考えていると、
「リュウキ!見て見て!」
突然大きな声がして、アカリが僕のいる部屋に駆け込んできた。
白地に赤と黒の金魚の絵が描いてある浴衣に着替えている。
腰には、ひらひらふわふわした赤い帯。
「リュウキの母さんが昔着ていたもんやけど、大きさはちょうどええやろ」
少し遅れて戻ってきた祖母は満足そうだ。
「お母さんの?」
とてもそんな古いものには見えない。きっと大事に大事にしまってあったものなんだろう。
「ほら!この帯、金魚みたいやろ?」
アカリはくるんと僕の前で一回転してみせる。
ふわふわの赤い帯が揺れて、本当に金魚のしっぽみたいに見えた。
思わず手を伸ばしかけて、慌てて引っ込める。
「アカリがえらいべっぴんになったから、リュウキが照れとるわ」
祖母が笑いながら言った。
「違うよ!」
僕は慌てて否定しようとしたけれど、でもアカリの方が先に
「もう。ばあちゃん、変なこと言わんとって!」
と真っ赤になったので、タイミングを逃してしまった。


夏祭りは本当に、小さな小さなものだった。
それでも一応金魚すくいもあったし、りんごあめも食べたし、僕もアカリも十分楽しんだ。
アカリは浴衣なのに金魚すくいの水槽の前でどっしりとしゃがみこみ、必死になって黒い
金魚を追い回していた。
金魚柄の浴衣に金魚みたいな帯。まるで金魚のボスみたいだと思ったけれど、何だか
怒られそうなので口に出すのはやめた。我ながら、その判断はケンメイだったと思う。


唐突に。
何の前触れもなく、花火が始まった。
その場にいた人たちがみんな立ち止まり、顔をあげる。
その顔のひとつひとつを染めながら、ぽつん、ぽつんと上がる花火。
きれいだけど、でも何でだろう。
ひとつの花火が消えて、次の花が咲くまでの間が寂しいのかな。
「あのね」
視線は花火に向けたまま、アカリが小さな声で囁いた。
「私、あさって、家に帰るんよ」
それとも。
別の何かが、僕に変な悲しい気持ちを思い起こさせるんだろうか。


やっと仲良くなれた頃に、夏は行ってしまう。


*****
つづく(あと1回)
by sivaxxxx | 2005-09-04 22:08 | かく


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